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U 「お飲み物は何になさいますか?」 朝食後、ふいに眠気に襲われて、意識が抜け飛びそうになっていたところ、若い女性に少し大きめの声で問われた。 僕はびくりとして「あ、えと、こうひい、もらえまふか」と慌てて答えた。口元は涎が固まっており、おそらく目の下にくまができている。 昨夜は一睡もせず、ただ砂埃の中を歩いていたのだから、さもありなんと思う。 「はい、珈琲ですね。かしこまりました」 女性は僕の発音には一切触れず、笑顔で受け答えをした。これぞ社内教育の賜物である。 バスの窓から外を眺めると、前方には青々とした山脈が連なっていた。目的地へ行くにはあの山々をのぼりくだりしなくてはならないはずなので、まだまだ先は長い。 バスの乗客は、僕以外のほとんどが観光客のようだった。少数名、メカメカしいものを窓の外に向けて構え、興奮した様子でぱしゃりと音を立てている人も見受けられる。僕はただ機種が何処製なのかということだけが気になっていた。 「――初めまして!」 バスの中で飛び交う言葉の中で、はっきりと近くで聞こえた声があった。声のほうを向くと、隣席に座っていた女の子だった。まだ小学校中学年くらいの身長と顔立ちだ。 「は、はじめま……して」まだ眠気が抜けていない。むしろ車内で仮眠を取りたいところだが、少女の光沢さえ確認できるほどの眩しい目線からして、そうはさせてくれそうにない。 「お兄さんも観光ですか?」 「まあ、観光はついでだね。僕は旅人だから」 タビビト≠ニいう単語を聞いて、少女は目を輝かせた。 「……旅の人!」少女の声のトーンが上がった。 「そんなに珍しい、かな」 「珍しいかはわかんないですけど、わたしは将来旅人になりたいので!」 こんな年でも、将来設計をし始めていることに感心した。 しかし、旅人というのは一般的に「自由奔放に生きている」というイメージがとても強い。だが僕も本当は旅人というわけではないので、実際のところどうなのかはよくわからない。少なくとも、僕よりもは自由奔放なのではないかと思う。 「ねえ、どうしたら旅人になれるの?」 少女の眼差しは希望に満ち溢れていた。 「まあ、お金」僕はあからさまな咳払いをする。「なりたいという気持ちさえあれば、いつだってなれるよ」 少女は「じゃあ、今すぐなる!」と言いながら席を立ち、弾む心を抑えられず、体も自然と飛び跳ねていた。十回ほど跳ねている間は、僕は「動くバス車内でジャンプしても同じところに着地するのか。不思議だ」などと考えていたが、「いやいや、ご両親の許可とか、学校とか、色々あるでしょう」とおっとり刀で少女に言い、一先ず席に着くよう促す動作をした。 「なりたいという気持ちは十分です! そうと決まったら旅に必要なものをご掲示ください!」 「ごめんお兄さんが悪かったよ。だから君の左隣のご両親を心配させないであげて」 僕は嘆息し、少女の背後に視線を移した。 少女が振り向くと、彼女の両親は心配そうに少女に目をやっていた。 その後、彼女の父親が「旅は何が起こるかわからないんだぞ」「帰ってこられなくなるかもしれない」と必死に説得したが、少女は慣れているのか半ば受け流していた。 少女とその家族は、自分たちの目的の観光場所でバスを後にした。バスを降りるとき、名残惜しそうに僕のほうを見つめていた。 それほどなりたいのなら、いつかはなれるかもしれない。僕は、少女の言う旅人ではないけれど。 ▲ ▼ ▲ ――えー、ヘリック岬、ヘリック岬でーす。お忘れ物の無いよう、ご注意くっさいあせー。 『ご注意! 臭い汗』とは何事か、と驚きながら目を見開いた。結局あの後、再び睡魔に襲われて休息していたのだ。 僕を含め、乗客のほとんどがこの停留所で降りた。やはりこの村一番の観光地は伊達ではないようだ。 かなりの走行距離であったにも関わらず、観光専用のバスであったため、どこまで乗っても一律二百円で済んだのは有難い。 「ヘリック岬の太陽像っていうのは……あれですか?」降りてすぐ、観光案内らしき中年男性が居たので、それっぽい像を指さして尋ねた。 「はい、あちらがヘリック岬の太陽像になります。この像は約三千年ほど前の我々のご先祖様がかつて信仰していた宗教《太陽教》の教えによるものでして、太陽教では太陽こそ神であるという思想がありました。そこで、神である太陽を称えようということで作られたのが、この太陽像なのです」 「三千年……」 「そうです。その背景には長い歴史が存在しています。この村の誇りの一つです」 像の周りには、先ほどの観光客が列を作って記念写真を取ったり、写真家たちがゴツいカメラでぱしゃぱしゃ撮影している。 「本当に人気なんですね」 「ええ。毎日五百人ほどの観光客が訪れます」 「像だけでですか?」 「ええ」 相当な人気であることは間違いなさそうだ。 僕はリュックサックからカメラを取り出した。 「ずいぶん変わった……カメラ、ですね」 カメラであることの認識にも時間がかかるほど、一般的に見れば僕のカメラは異様な形状をしていた。 「よく言われます」 「なんというか、昔のラジオ機器みたいです。アンテナがあったりとか、スピーカーらしき穴が左右に開いていたりだとか」 「いざとなればラジオも聴けるんですよ」 「それは便利ですね」 男性は興味深そうに僕のカメラを見ていた。 僕はカメラを構えた。 ピントを合わせ、シャッターをきる。 ぱしゃり――。 無数の観光客と数名の写真家も一緒に映った、太陽像の写真を撮影した。 |
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